1988年バンド結成、1989年1月1日にMr.Childrenと改名し、1992年5月10日にミニアルバム『Everything』でメジャーデビュー。3rdアルバム「Versus」でシングル・アルバムを通じて初のトップテンを記録し、シングル「CROSS ROAD」は最高位6位ながら、自身初のミリオンを記録。
4thアルバム「Atomic Heart」でアルバムにおいても初のミリオンを記録した。その後も数多くのヒット曲を生み、「ミスチル現象」とまで評された。97年3月に発売されたアルバム「BOLERO」を発売後、突如「無期限の活動休止宣言」を発表する。その後98年10月に発売された「終わりなき旅」で本格的に活動を再開させ、現在まで長きに渡り、好セールスを続けている。『innocent world』〜『フェイク』まで、日本記録保持継続中のB'zに次ぐシングルの連続初登場首位記録として現在もなお継続中。その他にも、シングル『名もなき詩』の初動売上は120万枚(オリコン集計)という驚異的な数字をたたきだし、シングル初動売上日本記録を塗り替え、現在も更新されていない。
ボーカルの桜井和寿がほぼすべての曲を作詞・作曲。小林武史とMr.Childrenが編曲を担当。桜井のキャッチーな作曲センスとメンバーが「イントロ大王」と称えるプロデューサー小林の編曲により、万人受けするメロディと歌詞が特徴である。当初はオーソドックスな歌詞のラブソングが多かったが『innocent world』からはメッセージ性の強い歌詞が見られるようになった。 数多くのミリオンヒットをもつ。シングルは10作品(B'zの15作品に次いで2位)、アルバムは10作品(B'zの19作品に次ぎ、DREAMS COME TRUEの10作品に並んで2位)である。
(2005年現在)。ちなみに、作品によってはグループ名を「mr.children」、「MR.CHILDREN」などにしている。なお、「歌で勝敗を決めたくない。」とのメンバーの意向により、紅白歌合戦には一切出演していない。
インディーズ時代
* 同じ中学や高校で出会った桜井、田原、中川がMr.Childrenの原型となる「Beatnik」を結成。当時はキーボードを含めた5人組だった(当時のドラムスは別人、キーボードは女性)。それから他バンドで以前から面識のあった鈴木が加入する。バンド名は「The Walls」など度々変えていたが、4人で食事をしていた時に改名について話していた時にふと組み合わせた単語が「Mr」と「Children」だった。
結成後
1991年
* 渋谷や新宿等のライブハウスを中心に活動。名阪方面へ遠征したりデモテープ製作をするなどプロデビューを意識し、このころからの固定ファンも多くいる。
1992年
* 5月10日 ミニアルバム「Everything」でメジャーデビュー。
* 8月21日 アルバムから「君がいた夏」をシングルカットし、1stシングルとしてリリース。同曲はFM802のヘビーローテーションにも選ばれる。
* 12月1日、2ndアルバム『KIND OF LOVE』を発売。このアルバムは、発売当時はヒットしなかったものの、94年のブレイク後に収録曲のひとつである「抱きしめたい」などの評判が口コミで広がったこともあり、数年かけてミリオンセラーを達成することとなった。
1993年
* 11月10日発売の『CROSS ROAD』が、シングルとしては自己初となるミリオンヒットを記録。桜井は曲が完成したとき「ついに100万枚売れる曲が完成した!」と叫んだという。(本人談、ベストアルバムに記載)
1994年
* アルバム『Atomic Heart』が発売される。売り上げは当時の日本における邦楽CDアルバムの歴代1位となった。ファンの間ではこの作品がミスチルの転機であり、最高傑作と称されることも多い。
* シングル『Tomorrow never knows』がダブルミリオンを突破する。現段階での自己記録。
* 『innocent world』が第36回日本レコード大賞を受賞した。ミスチルは「海外でのPV撮影」という理由で授賞式を欠席しておりレコ大史上唯一の受賞者欠席での大賞受賞となる。当然、恒例である生演奏などもなく変わりにTBSの別番組で収録された演奏が会場に流されると言う"日本レコード大賞"史上でも稀に見る事件であった。原因は審査員の内紛があったと言われている。
1995年
* サザンオールスターズの桑田佳祐との合同作品として、桑田佳祐&Mr.Children名義でシングル『奇跡の地球』を発売する。これはAIDS患者救済基金を集めるためのプロジェクト(Act Against Aids 通称AAA)の一環であった。ともに首位経験のあるアーティスト同士のコラボ・シングルとしては史上初めて1位を獲得した。
* シングル『シーソーゲーム』の売り上げ金、アーティスト印税の全てを全額阪神淡路大震災の義援金として寄付。
1996年
* アルバム『深海』が発売される。ミスチルとしては初のコンセプトアルバム。暗い曲が多いことから、「ファンでいるための踏み絵」とまで言われた。
※1994年から1996年までは、出す曲出す曲ミリオンヒットとなり、もはや社会現象であるとまで言われたため、「ミスチル現象」と一部で言われた。
1997年
* アルバム『BOLERO』発売。初の東京ドームでのライブ後、突然の「1年間の活動休止宣言」を発表。
1998年
* 全く告知もせず、シングル『ニシエヒガシエ』を発売。レコーディングは休止前に行われ、プロモーションビデオにも本人達は出演せず。しかし、実は最初に後頭部とラストにほんの一瞬、桜井だけ出演している。
* メンバーのほとんどが野球経験者で草野球チームを結成していたが、この頃からサッカーに転じ草サッカーが流行りだす。歌詞にもサッカー用語が使われるようになる。
* シングル『終わりなき旅』を発売し、本格的にバンド活動を再開する。
1999年
* アルバム『DISCOVERY』を発売。ロックテイストの強い楽曲が収められたアルバムである。このアルバム発売の1ヶ月前には先行シングルとして『光の射す方へ』をリリース。また、収録曲の『I'll be』をシングルカットしてリリース。さらにこのアルバムのコンサートツアーである"Tour DISCOVERY"の音源を収録した初のライブアルバム『1/42』を発売するなど、このアルバムを中心とした活動を行った。
2000年
* シングル『口笛』を発売。Mr.Childrenのシングルとしては最後の8cm CDとなった。
* アルバム『Q』を発売。『Atomic Heart』以降のアルバムとしては初めてオリコン初登場1位を逃し、2位となった(このときの1位は浜崎あゆみの『Duty』であった)。
2001年
* 初のベストアルバム『MR.CHILDREN 1992-1995』、『MR.CHILDREN 1996-2000』(通称「肉」と「骨」)を2枚同時リリース。2枚合わせて500万枚の大ヒットとなる。
* ドラマ『アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜』(フジテレビ系、2001年10 月〜12月放送)では、ミスチルの楽曲が多数挿入歌として用いられ、新曲の『youthful days』と『君が好き』も放送され、ファンの間ではいつ発売するか話題となった。『youthful days』は年内に発売されたが、『君が好き』がシングルとして発売されたのはドラマが終了し、その翌年の1月1日であった。
* また、FMフェスティバル '01にのちのBank Bandの前身となる『Acid Test』としてジョン・レノンのカヴァー『MOTHER』で参加。後にMUSIC DELI端末で限定販売される。
2002年
* 5月10日、彼らのメジャーデビューと同じ日に、10枚目(スタジオ録音としては9枚目)となるアルバム「IT'S A WONDERFUL WORLD」をリリース
* 7月、ボーカルの桜井和寿が小脳梗塞で入院し、約半年間、音楽活動を中断する事態になった。
* 12月21日、横浜アリーナにて一夜限りの復活ライブを行う。桜井和寿が入院したため当初アルバム『IT'S A WONDERFUL WORLD』の発売に伴ったツアーを行う予定だったが全公演を中止。11日にシングル『HERO』の発売もあってかなり話題性のあるライブとなった。その後ドラムスの鈴木の「諸事情」により本格的な活動の再開が遅れた(Mステ出演時に桜井が発言)。
2003年
* 11月19日、初のダブルA面シングルとなる『掌/くるみ』を発売。
2004年
* 5月にアルバム、「シフクノオト」発売。初のカタカナ名のアルバムとなった。12月、シングル『Sign』が、日本レコード大賞・金賞(大賞候補)にノミネートされる(ミスチルとしては94年の『innocent world』以来10年ぶり)。同月31日に大賞の受賞が決まり、1994年に続き2度目となり、グループとしては史上初のレコ大複数回受賞達成し、授賞式にも出席した。
* 同じ頃にBank Bandを桜井和寿、小林武史を中心に結成、活動を始める。
2005年
* 6月、シングル『四次元 Four Dimensions』を発売(13ヶ月ぶりのシングル)。全曲がタイアップされており、TVでもおなじみの曲となった。特典として、収録曲の一つである「and I love you」のPVが見れる様になっている。この年のオリコン年間ランキング3位。
* 7月16日から7月18日にかけて、「ap bank fes '05」に出演。この夏、多数の野外フェスに出演した。
* 9月21日に、12thアルバム「I ? U」が発売された。
2006年
* 7月5日にシングル『箒星』を発売。
* 7月15日から7月17日にかけて、「ap bank fes '06」に出演。
* 8月27日、桜井と親交が深く、コラボレーションシングル「奇跡の地球」を発表し共演したサザンオールスターズの桑田佳祐の呼びかけにより、『THE 夢人島 Fes.2006』に参加。
* 9月26日の名古屋公演を皮切りに、全国のZepp6会場にて、かねてから親交のあったthe pillowsと共に対バンツアーを行った。
* 11月15日、シングル『しるし』を発売。
2007年
* 1月24日、40万枚限定生産シングル『フェイク』を発売。
* 3月14日、13thアルバム『HOME』を発売予定。
日本における楽器産業は、山葉寅楠が浜松に合資会社山葉風琴製造所を設立してオルガンの製造を始めたのがその興りである。山葉風琴製造所はその後日本楽器製造株式会社、ヤマハ株式会社へと姿を変えるが、その過程で河合小市が独立して浜松に河合楽器製作所を設立。河合の尽力によりヤマハ、カワイといった日本のピアノが世界に知られることとなり、浜松は楽器、とりわけピアノ製造の一大拠点となった。
2005年にはローランドが浜松に本社を移転し、これにより国内三大楽器メーカーのすべてが浜松に本社を置くこととなった。これらの子会社、関連会社を含めると日本のほぼすべての楽器メーカーが浜松と関連をもっていることになる。