私のなかでもビートルズの存在感は大きいですね。もうあのようなグループは現れないんじゃないか、そんな思いがしています。
世界中で最も広く知られ、成功したロックバンドのひとつ。イギリスのリヴァプールで結成され、1962年レコードデビュー。1970年解散。
世界的アイドルとして成功を収める一方、1960年代以降のロック・ポップスシーンに与えた影響も含め、その楽曲の普遍性、革新性もまた高く評価されており、現代音楽の金字塔として揺ぎない地位を保っている。1960年代の日本のグループサウンズもまた、ビートルズから影響を受けたジャンルのひとつである。ギネスワールドレコーズには最も成功を収めたロック・グループと認定されている。
メンバー全員が作詞作曲をし、ボーカル、コーラスも担当する。リードボーカルはジョンまたはポール、あるいは2人一緒にとることが多いが、自作曲を中心にジョージも、またリンゴもリードボーカルをとる。
多くのヒット曲をはじめ、オリジナル曲の8割以上の作詞作曲はジョンとポールの共作としてクレジットされている。これはビートルズ結成当初から、2 人の友情の証として、どちらか一方が作った曲でも(たとえ単独で作ったとしても)「レノン=マッカートニー」と連名にする約束が2人の間で取り交わされていたからである。このことは後のいくつかの法的争いの元凶ともなる。この約束をジョンは比較的律儀に守っており、1969年にジョンがプラスティック・オノ・バンド名義で発表した『GIVE PEACE A CHANCE(平和を我等に)』の作詞作曲も「レノン=マッカートニー」とクレジットされている。
レノン=マッカートニー作品以外のビートルズの公式発表曲(オリジナル曲)には、ジョージの作品が20数曲、リンゴの作品が2曲、レノン=マッカートニーとリンゴとの共作が1曲、全員の共作1曲が含まれている。『ビートルズ・アンソロジー』のシリーズには、ジョンとジョージとの共作のパターンも、例外的に存在する。
※ただし本編では、担当楽器やボーカルパートなど必要性の認められる場合に限り、公的や法的に「レノン=マッカートニー」名義であっても、「ジョン作」「ポール作」等の表記をする。しかし歌詞や一部メロディーなど、どちらかが作曲段階や録音段階でサポートしている場合もあり、バンドに特有な、単なるアドバイスや共作やアレンジの境目が曖昧な曲も多いため、あくまで「原作」や「主な作曲者」程度の意味合いの曲もある。
日本における楽器産業は、山葉寅楠が浜松に合資会社山葉風琴製造所を設立してオルガンの製造を始めたのがその興りである。山葉風琴製造所はその後日本楽器製造株式会社、ヤマハ株式会社へと姿を変えるが、その過程で河合小市が独立して浜松に河合楽器製作所を設立。河合の尽力によりヤマハ、カワイといった日本のピアノが世界に知られることとなり、浜松は楽器、とりわけピアノ製造の一大拠点となった。
2005年にはローランドが浜松に本社を移転し、これにより国内三大楽器メーカーのすべてが浜松に本社を置くこととなった。これらの子会社、関連会社を含めると日本のほぼすべての楽器メーカーが浜松と関連をもっていることになる。